f22d70b4d823e5cc1bfc124e721f228e

エイアンドダブリュアーカイブス VOL.4

エイアンドダブリュ沖縄の1号店(屋宜原店)を開設したのは実はアダムスとバーンズの2人の米国人だったのです。その時代エイアンドダブリュ社(米国)はグァム、マレーシア、フィリピンに店舗を開設しました。そしてフィリピンから沖縄へ北上しアダムスとバーンズは嘉手納基地近くに屋宜原店を開設したのです。当時は基地内にファーストフード店はなく、1960年代はじめ沖縄に於けるアメリカ人社会は既にマイカーブームとなっていました。それ故ドライブインレストランとしてスタートした屋宜原店はアメリカ人の圧倒的支持を受けることに時間はかかりませんでした。そしてこの屋宜原店の建築を請け負ったのが、平良幸雄(現エイアンドダブリュ沖縄会長)だったのです。平良は当時建築会社の工事担当でしたが、その会社からラオスへの転勤を命ぜられ米軍とのビジネスを始めました。当時のことについて平良会長のコメントがあります。「建築工事に携わっていた人で沖縄から派遣されたのは私一人でした。その時に言葉の問題等いろいろな苦労の中で、やり遂げられたことが次の飛躍につながった。」と述べています。そして帰国後、平良はアダムスとバーンズのエイアンドダブリュ1号店(屋宜原店)の店舗建築を請け負う事になったのです。